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  体の痛みは増すばかりで、日に日に気力体力が奪われて行く。 薬が合えば、痛みは和らぎ日常生活を取り戻せると聞いて期待したけれど、その『合う薬』が見つかるまでに二年以上費やすとは思いもしなかった。 父親は治療費と生活費の為に仕事を変えた。母親は看病の為に独身の頃から勤めていた会社を退職した。病院の近くに二人で仮住まいする期間が増えた為、生まれ育った家は賃貸に出された。都会で就職したばかりの兄も夏哉の為にせっせと仕送りした。 自分も大学を辞めようとしたけれど、周囲の勧めで休学する事になった。家族にとっては、何もかもを失くしてしまったら、夏哉が前向きに生きる気力まで失ってしまいそうで怖かったからだ。 母は息子の治療に精力的で、一緒にあちこちの病院を巡った。新しい薬を試す時は一週間ほど入院しての検査と経過観察が必要になる。本人より、むしろその家族の方が過酷な状況だったかも知れない。時間の全てを息子の為に使う母は、それでもいつも笑顔で夏哉の傍に居てくれた。 そんな毎日の中で、夏哉は隼斗の事を思い出すことさえ申し訳なく思うようになって行った。自分の為にこんなにも家族が尽くしてくれるのに、心が一番求めているのが隼斗だと言うことが後ろ暗かった。 だから夏哉は隼斗を諦めた。
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