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  一般枠での就職は出来なかったものの、地元の上場企業に職を得た夏哉は、最初の一年をまた県外で過ごした。寛解したとは言え持病のある夏哉にとって、新生活は決して楽ではなかった。でも弱音は一切吐かなかった。 次の春には隼斗が住む町に戻れる。その希望が確かに免疫力を高めていると信じ、いつも真摯に業務に取り組んだ。友達もたくさん出来た。 母親は賃貸契約が終わった実家に六年ぶりに戻れた。海外勤務の父親は定年まで日本に帰れないけれど、会えばいつも笑顔だった。二人とも、夏哉の回復を心から喜んでくれた。もちろん兄も。 家族へ恩返しするには恋の力が必要だ。大義名分を得たとばかりに夏哉は隼斗の事を思い描けるようになった。 年がら年中大きなマスクを装着していた隼斗。顔の下半分がいつも隠れていたけれど、その分目が印象的だった。明るい色の瞳がとても綺麗だった。 放課後のグラウンドを走る夏哉が校舎を見上げると、そこにはいつも隼斗がいた。夏哉が走る姿を見るのが好きなんだと、マスクを取った顔で言われた時は胸が高鳴った。 あの頃と同じような胸の高鳴りを秘め、毎日を過ごす事が夏哉を支えていた。 そして裏腹に、生身の隼斗を諦めたままで生きていることも、夏哉は自覚していた。
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