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だが今のところ、この続きが読めるという保証はどこにもなかった。そもそもこの封筒は一体誰が、いつ、このテーブルに置いたのかについて、Kはまったく心当たりがなかったからだ。どこの誰とも知らない人間が自分の知らない間に部屋に入ってきているなど考えるだけでも薄気味悪かった。彼は、せめて誰がこの封筒を置いて行ったのかはっきりさせたいと思い改めて封筒や中に入っていた紙を見てみたが差出人やそのヒントになるようなことは何一つなく、書かれているのは奇妙な詩文の、しかも一部のみだけだった。
「考えても仕方がない」とKは思った。分からないことが多すぎるからだった。彼は朝食を摂ることにした。キッチンに立ち、保存食の棚からランチョンミートの缶詰を取り出すと、手元で一度くるりと回してから缶切りで蓋を開けてひっくり返し、缶の底を掌底で数度叩き、プラスチックの薄いカッティングボードに落とした。ミートをナイフで五ミリ幅に素早くスライスし、数枚はそのまま食べた。食べ物を調理している時に少しだけつまみ食いするのが彼はたまらなく好きだった。彼はコンロ下からよく使い込まれたフライパンを取り出し、火をかけながら薄く油を敷いた。フライパンを火で炙りながら取っ手を持って様々な角度に傾けて油を全体に薄く行き渡らせると、彼はカッティングボードをフライパンの上にひっくり返してスライスされたランチョンミートをぶちまけた。途端に肉の焼ける音と匂いが立ち込め始め、フライパンからはランチョンミートに含まれた水分が細い水蒸気となって立ち上り始めた。彼はそこで換気扇を回していなかったことに気づき慌てて換気扇のスイッチをオンにした。ファンの回る音と空気が配管の壁をこすりながら勢いよく通り抜けていく音を耳にすると、その音はキッチンには不可欠な要素であるかのようにその場の全体の雰囲気を作り上げたので、彼は「なんで換気扇をつけるのを忘れたのだろう」と思った。
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