黒い封筒と透明な翅

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Kは朝から電車を乗り継いで町を出ると、青い湖を見下ろせる小高い丘に来ていた。仕事が休みの日でなおかつ晴れているときは、この場所に来て過ごすのがKのお気に入りだった。そこで何をして過ごすのかはその日によって決められた。読書をしたりスケッチブックに絵を描いたりするのが定番だったが、給料日のある週は一人でバーベキューなどもした。彼は今日はハンモックと数冊の本を鞄の中に入れて来ていた。 Kはハンモックを頑丈な木の枝に括り付けると、一度ハンモックに両腕で体重をかけて安全であることを確認してから全身を沈めた。耳をすますと陽光を透かした葉がお互いに擦れる音や鳥の囀り、風が通り抜けていくときに耳を掠めていく囁き、遠くの湖で魚が水面から飛び上がり、そして水面に落ちる音。緑色の沈黙……今、自分の周りを満たしている全ての要素が自身の日常の疲弊を癒してくれているように感じた。 Kはヘミングウェイの短編集を取り出した。Kは彼の書く散文が好きだった。ドライな手触りで、手仕事的であり、無駄な装飾のない透徹さが、彼の湿っぽい現実的生活を少しばかり遠くに押しやってくれるからだった。この世界を埋め尽くしている虚無に押しつぶされないようにどう立ち向かっていくのかを彼の本は教えてくれるようにKは感じていた。どうすれば敗北することなく真実を見つめ続けることができるのか、どんな危険にさらされようとその姿勢を保ち続けることができるのか、自己礼賛や自己憐憫の否定、個人主義的な無関心や過酷な体験に同意すること、それが全てであった。
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