開口一番・開幕

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 自覚を持ちつつも頑固に続けたその行いは、あくる日遂に50回へ到達していました。  私がいつもぶつけている「弟子にしてください」の決まり文句は、既に慣れが生じていて無意識に口からスッと飛び出していきます。そしていつも通りの「貴方はやめておきなさい」が返ってくる。  断られているのにどこか心地良い。  これが私と師だけのセッション、お約束事です。50回のうちに無駄な説明言葉も間もなくなっていき、(こと)の鋭利は一回ごとにすり減って、当時ではもう『ただの毎日の挨拶』のような気軽なものへと変化しておりました。  この「おはようございます」「お疲れ様です」「それではまた明日」代わりでお決まりの挨拶だけして今日も帰ろう、当日もそんな風に考えて、お(やく)(そく)(こと)を奏で、(こうべ)を下げました。  しかしその日。師はいつものように心地いい音を奏で返しては下さりませんでした。  いつもと違う間に違和感を覚えた私でしたが、いつもの音が奏でられるのを反射的に待ってしまうように、身体ができあがってしまっていたので、頭はすぐにすぐは上げられず、不安気にしてゆっくりと、首を捻りながら、下から除き込むようにして、彼のことを足元から、徐々に、上へ上へと見上げてゆきました。  すると、そこには無言で無表情に首を縦に振る、師の(つら)があったのです。  すぐさま私へ背中を向けて帰路を辿る師。  すぐに駆け寄り、一歩後ろの一定距離まで追いついて、心と両足弾ませまして、師とはそのまま平行距離を保ったまま歩んでいく私。ここから今の生活が始まりました。  今では当たり前、どころか苦痛で嫌々続けている時もある、自ら望んで手に入れたこの居場所。  手にした当時は、達成感と希望でいっぱいだった。これらは一体、どこへ逃げだしてしまったのでしょう?
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