開口一番・開幕

7/20
前へ
/20ページ
次へ
 自らで望んで弟子入りに飛び込んでまで続けている日々の苦行。夜、全て終われば心身共に疲れ果て、帰宅してはマイベッドへと倒れ込む毎日でした。  そんな生活でも数年を続けたある日のこと。  私は帰宅を果たすと、別に特段何の気もなしに、自室玄関の堅いかたい床面へと、フッと、その日の疲れに抗うことなくつるんと倒れ込んでみました。それはまるで、釣り上げられて抵抗することを止めてしまったときのマグロのようだったでしょう。  するとどうした、身体にはまったく力が入らない。  どころか、指先まで一本たりとも動く気配がなく、立ちあがることすらできなくなった。かといって、我が(まなこ)と脳神経はいつも以上のギンギンに覚醒を続けております。「いっそ気絶でも」と考えまして、自らのブラックアウトに向けて、おかしな努力に努めてもみましたが、結局はそれすらできやしかったのです。  いつも気づけば、私の眼前ガラス越しには橙の治療光が差しこんできています。私は毎日、それをソーラーエネルギーとして自らの身体に摂りこんだ。  その光を原動力として、なんとか寝床へと辿りつく毎日。  そんな苦渋を舐め続けた日よりもありました。  それでも毎日師匠の下にお世話お稽古へ向かいます、いや、向かわなければなりません。絶対に負けるわけにはいきません。師に。いや……むしろこれは、『自分自身に』だったのかもしれません。  こんななんとか食らいついている毎日を、入門から続けていたある日。  私の足元には、ゆっくり…のっそり…、と、奇妙な不安が近づいてきていることに、うっすら気が付きました。  「何かがおかしい…」  勿論、ハッキリとではございませんでした。なので私は、不安を、またもただの杞憂だと思い込み、なるたけ気にしないよう努め続けました。  ですが…それがいけなかったようです。この行いは、所謂感覚を麻痺させたようなことだったのです。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加