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霧雨から時雨へと変わり、窓ガラスを打ち付ける。宝石のような薬瓶が、照明の光を受けて星のように煌めいている。
「なあ坊主。お前、どこから来た? 随分とよれた服を着ているな」
老人が薬湯を煮ながら笑う。温かい部屋で風呂の準備ができるまでの間、少年は彼と話していた。
少年は小さく質問に答えた。
「……コタクから」
「ほう? 豊穣の女神像で有名なコタクから来たのか。随分と遠いな」
老人はもうひとつ質問した。「名前は?」と。本当は答えたくなかったが、少年は答えた。
「エドワルド・ジイダ」
答えれば、老人はにこりと笑った。しわくちゃの顔がさらにしわくちゃになって、何だかおかしかった。
「お前、俺に名前を教えた意味を理解しているか?」
エドワルドは顔をあげた。名前を教える意味?
「俺は魔法使い。普段は魔法の薬を煎じてる。だが、俺は名前と姿を覚えたらどんなやつだって呪うことができる」
薬湯を混ぜるのをやめ、老人はこぽこぽとマグカップに注ぐ。つんとした薬草の香りが強くなった。
「お前はもう、俺の呪縛から解けることはない」
ニヤニヤと笑う老人は、マグカップを片手に、エドワルドの頭を撫でた。
「行き場のないお前に、居場所をやる。俺が保護者になってやる。だが代わりにお前はこの店を継がなきゃならん。俺がそういう呪いをかけた」
本物の魔法使いであった先代は、エドワルドに優しい魔法をかけた。
その日からエドワルドは二十三歳になるまで、ひとりぼっちになることはなかった。
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