人形に恋した男

3/20
前へ
/20ページ
次へ
※  六月の半ばにもなれば、ラヴィーカルド王国の首都ファレストは梅雨である。翡翠屋の店主エドワルドは雨が好きだった。元々一人が好きな人間であるが、静寂は好きではない。そのため屋根や地面に跳ねてリズミカルなメロディーを奏でてくれる雨の日は、一人でも憂鬱ではなく、寂しさを感じなかった。  しかし、その絶妙な雰囲気を壊す来客があった。 「エドワルド・ジイダ! 今日こそは次期『翡翠屋』店主立候補者、ファブリス・グリーンに店主の指輪を寄越すです!」  店が揺れるほどの力で扉を開けたのは、プラチナブロンドの髪に明るい翡翠の瞳をした少年。生粋の魔法使いであり、本人曰く「次期『翡翠屋』にぴったりな探求心と挫けない心を持った、光属性の魔法が得意なスーパー魔法使い」らしい。  他国に住んでいるはずなのに、どこで『翡翠屋』の話を聞きつけたのか、二年ほど前からちょくちょく店に来る九歳の子供である。 「ことあるごとに来るやつだな。学校はどうしたんだ?」 「そんなもの、とっくに終わったですよ! 宿題だってちゃちゃっと終わらせて来ました! さあ、僕に店主の指輪を!」 「あげるわけがないだろう。寝言は寝て言え」 「むむむ……。じゃあ、次期『翡翠屋』は誰にするつもりですか!? もしかして魔女ロザリー・ウィッドですか!? この間のナラト=ニアの穴の調査を依頼していましたよね!」 「それ、どこで聞いたんだ?」  六月の頭に、エドワルドは一件の依頼を引き受けた。「ニーナ・マイヤーの病気を治す」と。その過程で、エドワルドは大きな穴に落ちた。その先には蜘蛛の神ナラト=ニアがいた。蜘蛛の糸の橋をつくって、地上へ出ようとしていたのだ。  その際、エドワルドはエイダ・ティアナンと出会い、彼女は「神様をずっと待っている」と答える。  エドワルドはエイダのためにも、あの穴を放置する予定だった。  しかし。状況は変わった。 最近、地震が多いのだ。内陸国であるラヴィーカルドに地震が起こることは滅多にない。もしかしたらナラト=ニアが地上に出ようとしているのでは、と考え、エドワルドは魔女に調査の依頼をした。 まだ耳寄りな情報はないが、いつか来るだろう。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加