#001 ぼくの好きな人 Side望月

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 西洋風に誂えられたドアを押し開けると、からんからんと小気味よい音が店内に響いた。店内を一通り見回しても、僕の目当ての人の姿は見当たらない。僕はカウンターテーブルでシルバーを拭く、学生アルバイトの中瀬君に声をかけた。 「ねえ、新倉君は?」 「新倉店長なら、今発注作業してますよ」 「そっか。なら、邪魔しないほうがいいかな」  僕がそう言いながらカウンター席に座ると、中瀬君は少し怒ったような表情を作った。中瀬君のきれいで彫刻のような顔は、怒ったところでただ『きれいな彫刻があるぞ』くらいな印象しか受けないから、怖くもない。 「あのね、そんな気遣いができるくらいなら、毎度毎度この時間帯に来ないでください。ドアに掛けてあった『close』の文字、読めなかったんですか?」 「あ~、そうだったんだ~。ごめんね。俺、英語読めないからさ~」  僕がわざとらしくそう言うと、中瀬君は僕の目も見ずにため息を吐いた。だけど、口元は笑っている。実際のところ、僕と中瀬君は深夜の飲み友達でもある。ずいぶん年下の友達だけど、彼の思考は大人びたところもあって、新倉君のことで空回りする僕を諌めてくれたりもするんだ。 「ふーん。32歳にもなって、クローズも読めないんですね。じゃあ新倉君に言って、ひらがなの看板に変えておかないと」 「あはは、ひらがなの『くろーず』って、可愛くない? そうしなよ」 「そうしなよ、じゃないでしょ」  中瀬君は脳天気な僕の言葉に、思わず笑ってしまったようだ。相手が誰であっても、笑ってくれる姿を見るのが好きだ。そう思うと同時に、幼い頃からの癖を未だに引きずっている自分が情けなくもなる。 「中瀬君、今日の休憩は? 何時からなの?」 「新倉店長が発注作業終わったらだと思うけど……」  そう言いつつ、新倉君がいるのであろう二階を見上げた。まあ、何も見えないんだけど。  彼は大学生だけど、授業がそんなにないからと朝から晩までシフトに入ってくれているらしい。新倉君の親友であり、この店の仕入れ業者でもある春川君の甥っ子に当たる。その縁でこの店にアルバイトとして入ったらしい。 「ね、ね。藍ちゃんはまだなの? こないだ、今日もシフト入ってるって言ってたんだけど」 「17時入りだし、もうすぐ来ると思いますけど――」
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