89人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
日付を見ると、書いたのは今年の春。
ということは、圭介は半年も前から音楽をやめる決意をしていたことになる。
知らなかった。そんな素振り全然見せなかったのに。
ページを進んでみれば、アルバイトを続けながら就職活動を始めたとも書いてあった。
そこから先も、やっぱり私の知らないことばかり。
〈長年音楽に情熱を注ぎ音楽一筋で生きてきたけど、そんなもん社会に出たら微塵も役に立たないらしい。何社受けても全然ダメ。凹んでいる俺に「最近疲れてるんじゃない?大丈夫?」と希望が心配そうに声を掛けてくれた。大丈夫。希望がいれば俺は頑張れるから〉
〈今日の面接で志望理由を聞かれたから「愛する人と未来を生きるために働きたいです」と正直に答えた。結果は見事に不採用。オマケに「キミは夢を見過ぎだ。もっと現実を見なさい」と辛辣なお言葉まで。俺はまだ現実を見ていないのか?夢見ることはもうやめたのにどうして上手くいかないんだろう〉
〈もうすぐ希望の誕生日だ。本当ならその日までに仕事を見つけて誕生日当日にプロポーズする予定だった。でも…情けないことに、まだ仕事は見つからない。ごめんな希望。ごめん〉
気付かなかった。
ううん、違う。気付こうともしなかった。
圭介がこんなにも深く私を愛してくれていることも、
私のためにこんなにも頑張ってくれていたことも、
大切な夢を捨てていたことも。
誰よりも一番近くにいたのに、何も知らないまま私は圭介と別れるつもりでいた。
最初のコメントを投稿しよう!