始まりの朝

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山茶花と金木犀で出来た日影のお陰で、桜の木の間から溢れる木漏れ日が薄く見える。文一郎は、密かにこの景色が気に入っていた。今は、朝早く、ほとんど日の光りが届いていないが、降りてくる頃には、光を浴びて桜がキラキラと輝いているだろう。 「どっこら……しょっと」 一つ目の階段を登りきれば御神木の楠が迎えてくれる。広場の中心で大きく育った御神木は、有名アニメ映画のキャラクターが好みそうな枝振りだ。 御神木の周りには柵がつけられ、不用意に根を踏まれないようにしている。文一郎が子供の頃は、無かったのだが、大事にされている証拠だ。 境内には、児童館や宮の池という名前の溜め池もある。此処は、地元の人間に人気の場所だ。宮の池は周囲を遊歩道として整備してあるし、良い運動スポットになっている。朝早くからでも……いや、朝早いからこそ宮の池の周囲で犬を散歩させる人やジョギングに勤しむ人も多くいる。 そんなふうに人が集まり、出会う場所にもなっている。 人が楠の匂いに誘われてくるのか、人の出会いを楠が誘うのか、定かではない。しかし、文一郎もまた、誘われて来たのは間違いない。 カサカサと揺れる楠が、文一郎を不思議な出会いに導こうとしていることは、この時の文一郎は、まだ知らない。 知っているのは恐らく神のみ。 そう此処、楠穂神社に祀られる神ならば、きっと知っている。
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