紅丸

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 霧の中は血の色に染まっていた。到る所に人間の死体が転がっており皆うめき声をあげている。はるか先の方では刀を振り回した人間同士が鬨の声をあげて殺し合いを重ねている。  どこからだろう?かすかに赤子の泣き声が聞こえる。殺し合いを続けている人間たちも赤子の声に気づいた。たしかに女の側で泣き声が聞こえる。女は死体の中を探し始めた。殺し合いを続ける男たちはもうすぐそこまで来ている。女はやっと赤子を見つけた。彼女は赤子を抱きしめると何も考えずに逃げた。追手の手が髪を掠める。力の限り逃げる。生き延びる方法はそれ以外ない。しかし目の前には崖が広がっている。女の羽根に蟻のようにたかる男たちを振り払うと、走る勢いそのままに翼を広げて女は飛んだ。  瞬間、自由が広がった。  女は風に乗りながら、二度三度翼をはためかせる。それととも上空に昇っていく。赤ん坊も泣くのをやめた。なにやら訝っている。  夕陽のように赤々とした空を頼もしい翼が横切っていく。  女は一時酔った。これまでいったい何のためにこの翼が背中から生え出たのか。答えのない答えを探す、堂々廻りの意味のない思案に思われた。しかし答えは墜落するのではないかというかすかな恐怖と、体中を駆け巡る喜びという形で女の前に現れた。  しかしそれも束の間。女の翼を何本かの矢が貫いた。  意味もなく争いを続ける男の内、谷合に身を潜めていた者たちが強弓で女の翼を貫いた。  女は翼を操れなくなり弱々しく旋回しながら森の中に消えた。  矢を射た男たちは取り立てて喜ぶ様子もなく落ちた女を追った。  女は木の幹に挟まれながら固く赤子を抱き締めていた。  気がつくと女は夢の中にいた。女は赤子の母親になっている。そこでは信じられない速さで日々が過ぎていった。赤子はよろよろと立ちあがり、やがて歩き出し、言葉を覚える。子供同士で遊び、虫や動物にいたずらをはじめ、やがて娘に恋をし、結ばれる。  走馬灯のように赤子の成長が脳裏を駆け巡る。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加