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結婚報道によると、私と同い年の女優はお笑い芸人と付き合って僅か3カ月で結婚したらしい。
記者会見で幸せそうに薬指を見せる二人の姿が映し出されていた。
美織には理解できなかった。
これから何十年も共に生活していく相手をたった3ヶ月で決めてしまうなんて自分には無理だと思った。
美織は二人娘の長女だった。
美織が小学五年生のときに事故で父を亡くし、その後からは母が女手一つで私と妹を育ててくれたのだ。
二歳下の妹が3年前に結婚して家を出て行ってからは、母と二人でこの家に住んでいる。
妹が結婚してからというもの、母は美織に事あれば結婚しろと言ってくるようになった。
娘が結婚しないことには子育てが終わらないとでも思っているのだろうか。
美織にとっては迷惑以外の何物でもなかった。
自分の将来くらい、自分で決めさせてほしいと、何度頼んでも母は納得していないようだった。
食パンを牛乳で流し込み、美織は食卓を立った。
尚も母はぶつぶつと何か言っていたようだが、美織は聞く耳を持たなかった。
急いで身支度を済ませると、逃げるように玄関のドアを開けた。
しかし、すぐに美織は足を止めた。
外は灰色の雲に覆われ、とめどなく雨が降り注いでいた。
先程の天気予報で今日は一日雨になると言っていたのを思い出した。
美織は下駄箱の傍に置かれている傘立てに目をやった。
乱雑に放り込まれている数本の傘の中に、スコッチブルーの傘があった。
それは去年の誕生日に母が美織にプレゼントしてくれたものだった。
しっかりとした作りの傘はデザインも美織好みで、いつも愛用していた。
美織はしばらく逡巡した後、隣にあるビニール傘を抜き取り玄関を飛び出していった。
『行ってきます』は言わなかった。
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