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 やはり意地を張らずにあの傘を持ってくればよかったなと、美織は折れたビニール傘を見上げながら思った。  早くも靴下には水が染み込んできた感覚があり、不快感は一層強まった。  JRの高架下沿いに延びる歩道をしばらく進むと市立図書館が見えてくる。  この四差路を右折して1キロほど直進したところに美織の勤める公立高浜小学校はあった。  図書館の交差点を曲がって間もなく、後ろから声を掛けられた。 「美織先生、おはようございます」  振り返ると小林明日香が右手を挙げて駆け寄ってくるところだった。  胸元が開いたクリーム色のVネックTシャツに、カーキのコットンタイトスカートという出で立ちだった。  左手には半ドーム型をしたブルーの花柄の傘を持っている。  これから合コンにでも行くのかと訊きたくなる装いだ。 「明日香ちゃん、その格好で授業するつもり?」 「まさか、着替えるに決まってるじゃないですか!」  顔の前で手を左右に振りながら、明日香は大袈裟に笑った。  明日香は美織の三つ下で、齢が一番近いということもあり、学校では親しくしていた。  明日香と美織は喋り方も服装もまるで違っていたが、彼女にはどこか人を安心させる包容力のようなものがあり、美織は明日香との何気ない会話を心地よく感じていた。 「雨ってそれだけで嫌な気持ちになりますよねー。せっかくのお洒落が台無しになっちゃう」 「通勤にお洒落が必要だとは思わないのだけど」 「美織先生、その考えは、アウトですよ」  右手の親指を立てて、明日香は言い放った。 「家の外に一歩でも出たら、そこは戦場なんです。いつ、イケメンがひょっこり現れるかもしれないのに」  明日香は辺りをきょろきょろと詮索する素振りを見せた。 「美織先生も、もう少しお洒落に気を使ったほうがいいですよ」 「余計なお世話」  折れたビニール傘で明日香の傘をちょこんとつついた。 「美織先生、誰か良い人いないんですか?」  まったく、どうして私の周りにいる人は、彼氏のいない三十代を放っておけないのだろか、と美織はうんざりした。  恋人がいないのがそんなにいけないことなのだろうか。  結婚しない女はそれだけで罪なのだろうか。  美織は溜息を隠すことができなかった。
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