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改札を抜けてからも胸のモヤモヤは残り続けていた。
ただでさえ嫌なことがあったというのに、土砂降りの通勤は憂鬱で、鈴木美織は深く溜息をついた。
美織は右手に持っていた傘を開いた。
透明な傘はビニールどうしが張り付き、べりべりと不快な音を立てた。
開いた傘の中を見ると、骨組みの一本が不恰好に曲がっている。
今日はダメな日だな、と美織は自嘲するように鼻から息を漏らした。
今朝もいつものごとく母と二人で食卓についていた。
食パンを齧りながら、朝のニュース番組を見るともなく眺めていた。
天気予報で今日は終日雨模様になるとの報道が終わった後、ニュースは芸能人の結婚報道へと移った。
美織は嫌な予感がした。
案の定、母は美織に小言を言い始めた。
「この女優さん、確か美織と同い年だったよね?」
「そうだったかな」
なるべく話を広げないように、当たり障りのない返答を心掛けたが、母には無意味だった。
「相手のお笑い芸人、顔はいまいちだけど大物を釣り上げたわね。あんたもこの際、顔にこだわらないで適当な相手を見つけたほうがいいわよ」
「別に、顔にこだわってなんかいないんだけど」
「だったらどうして三十過ぎて彼氏の一人もいないのよ」
「今は仕事に専念したいだけよ。それにお母さんの時代と違って結婚年齢だって遅くなってるんだから焦る必要なんてないの」
焦っていないというのは嘘だった。
地元の友達や大学の同期は、三十間近になって瞬く間に結婚していった。
その気になれば大丈夫と言い聞かせてきた二十代が終わり、三十代に踏み込んだ途端に大丈夫ではないかもしれないという不安に襲われることが多くなった。
そこに母が追い打ちをかけるように、小言を言ってくるのだ。
「後になって、やっぱりお母さんの言う通りだったって嘆いても遅いんだから」
「そんなことには絶対ならない。お願いだからほっといてよ」
美織は声色に棘を込めた。
これ以上母の小言を聞くのはうんざりだった。
しかし、母には全く効いていないだろう。
今までに何度同じような会話をしたか分からない。
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