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「私一人に罪悪感を味あわせる気?」
と悪い顔で笑うので「喜んでお付き合いします」と花也もカタラーナを注文した。
「最近食欲がすごくて。つわりが軽いのはありがたいんだけどね」
「麻衣子は少し太った方がいい」
「それにしても食べすぎだわ。妊婦は二人分の栄養取らなきゃいけないなんて、いつの時代の都市伝説よ」
と、言って麻衣子はまだ真っ平らな下腹を摩る。というのも、優しい旦那様が仕事帰り毎晩のように麻衣子の好物を買って帰ってくるらしいのだ。ドレスが入らなくなったらどうするのよ、と不服そうにこぼす様子すらどこか嬉しそうで、花也は覚えず微笑んだ。
「じゃあね。花也、ランチ付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ来てくれてありがとう。次は結婚式かな」
「そうね」
花也のスピーチ、楽しみねと麻衣子はキラキラと笑った。
最後にカフェの前でハグをして、花也は麻衣子と別れた。昼休憩の短い時間だったが、麻衣子に会えてよかった。幸せそうでよかった。
「花也」
ハグのあとで、麻衣子は言った。
「花也は花也で、ちゃんと幸せにならなきゃダメよ」
麻衣子に言われた言葉を、職場に戻る道すがら頭の中で何度も反芻する。
ちゃんと幸せにならなきゃダメ。
花也は花也で……。
花也は花也で……光也は光也……。
何度も麻衣子に言われたセリフだ。
転勤族の父親に、ついて回るしかなかった子ども時代。転校のたびに人見知りに拍車をかける花也とは対照的に、光也はいつもすぐに周りに打ち解けた。そしてあっという間に輪の中心にいる。
そんな光也は、昔から花也の憧れの塊だった。
ブーッ、とポケットの中でモバイルのバイブが振動した。光也からメッセージだ。
『今日はハンバーグが食べたい気分』
今日は花也が夕食当番の日だ。
花也は思わず失笑する。
「豆腐ハンバーグでもいいかなぁ」
昔は自分が大嫌いだった。
光也のことが好きだった。羨ましかった。双子なのにまったく似ていない光也のことが。
あれから何年経っただろう。
年を重ねて体は大きくなった。
体だけじゃない。あの頃の、小さくて、泣き虫で、女の子みたいだった花也はもういない。
今の自分なら……少しはあの人に相応しくなれただろうか?
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