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その日は酷い雨だった。傘を畳み、軒下の錆び付いた金属の格子にそれを立て、店に入る。
ちょうど入り口の真上の蛍光灯が何度か閃いた。もう寿命だろう。それでも交換をしないというのは、あの老婆の目がそれほど明かりを気にしないということかも知れない。あなたはさっさと海外小説の棚に行き、自分の本を手に取る。全集の三巻目を探す。
ない。
三巻目だけでなく、七冊あるうちの最後の一巻を除いた全ての本が棚から消えていた。
――嘘だ。
心の中で何度も言い、あなたはもう一度確かめる。誰かが別の場所に間違って仕舞ったのではないか。それとも棚そのものを間違えたのだろうか。何度も確かめた。だが自分の本が消えてしまっているという事実を確認するだけだった。
早鐘が打つ。
あなたは落ち着こうと第七巻に手を伸ばして、はたと思う。
カウンターを見た。老いた店主はじっと本を読み耽っている。
――大丈夫。
何が?
――いいから。そう。何も問題はない。
まるで手にした本と対話しているようだった。表紙の白抜きされた著者のイラストが、あなたに微笑みかけているのだと思った。
鞄を開ける。
気づくとそこに、あなたの手から本が落ちていった。
蓋を閉め、一度周囲を見回してから、足を入り口へと向ける。
心音なのか、靴音なのか、その聞き分けがつかない。
木枠のガラス戸の前まで来ると、ゆっくりと力を入れる。少し開き始めたところで、ガタン、と躓いた。木戸が開かない。あなたは何度も揺らしてそれを開けようとする。しかし動かない。開くことも閉じることもできず、どうしようかと振り返ったところで、ぬっとグレィの手袋から出た指先が、あなたの戸を掴んだ。
「これ、滑りが悪くてね」
老婆は何度か戸を叩き、それから今一度力を入れて押しやる。木戸は全て開いてしまった。
あなたは小さく頭を下げ、店を出る。足を外へと踏み出す。
「店を出た、ということの意味を、あんたは理解しているよね?」
振り返ろうとしたあなたの手を、彼女の手が思いのほか強い力で握り締めていた。
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