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2.本を喰《は》む子
あなたは店主について、店のカウンターの奥に入る。
段ボール箱が積み上がり、事務机にはパソコンが載っていた。
パイプ椅子によろよろと座り、お茶を出す老婆と膝を突き合わせるようになる。彼女の椅子は手すりがある回転式のものだ。その眼鏡を掛け直すと、マウスを操作してパソコンをスクリーンセーバに切り替えた。
「自分が何をしたのか、ということをあれこれ言うつもりはないよ。もう大人なんだ。そういう話はしなくてもいいだろう。そうだね」
あなたの湯呑みからは黙って湯気が立ち昇っている。
店主はコーヒーカップを両手で支え、その中の黒い液体を口に含んだ。
「ここは私の祖父の頃にはね、貸本屋だったんだよ。知ってるかね。今でもまだやってるとこがあるかも知れないけど、昔は本や雑誌をビデオのように貸し出すところがあったんだよ」
自分の湯呑みにそっと手を当てると、冷たくなっていた手が僅かに熱を持つ。
「その頃は米穀通帳ってのがあって。まあ身分証の代わりみたいなものだね。米軍から配給を受ける時に必要だったものさ。漫画本中心だったから、近所の子もよく通っててね」
もう店主はあなたを見ていなかった。
それは今から四十年ほど前のことだ、と彼女は前置きしてから、昔話を始めた。
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