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『彼のモノを想う』
駅で待つ、約5分の小さな楽しみ。
人の少ない私のホーム、人が群れなす向かいのホーム、3両目の4番のりば、私の前には彼がいる。
すらりと高い身長に、紺のブレザーにグレーのズボン、カッターシャツはボタン2個外し、中は黒のTシャツ。有名私立の進学校の制服。ワイヤレスのイヤホンを耳に、大きく黒いリュックが腰から覗く。黒い髪はワックスで遊ばせて多分カッコいい部類に入るだろう顔立ち。
今時の目立つグループにいるようなちょっと気怠げな雰囲気を醸す彼。
見た目はもちろん、カッコイイなぁと思っているが、私が楽しみにしているのはそれじゃない。
そこじゃない。
今日はちょうど新しくなっているはず……
うずうずと向かいのホームに目を凝らす。
うお!!ここでまさかの太宰治!!
私の5分の楽しみ、それは彼。もっと言うと彼が読んでいる本である。
この前読んでたのがっつりこてこての恋愛もの初代ケータイ小説といって過言でない映画化もされた恋の空やったやん!それがまさかのその後の太宰治!人間失格!どうしてそうなった!いやまあすんごく大きい括りでみるなら人間失格も恋愛ものやけど!最後に男死ぬの一緒やけど!いや流石にちゃうやろ!無理やりか!方向転換ぱねぇ!
顔には出さず心で悶える、表に出さない完璧犯罪の変人が胸の奥で騒ぐ。
きっと電車時間で読んでいるんだろうなぁ。彼は座りがたいがためだろう、結構早めにホームに並んでおり、その時点で片手をズボンのポケットに、片手に本と中々の高等テクニックを用いながら電車を待っている。
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