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静かな暗闇の中、ザブザブと水を蹴る音だけが聞こえた。血眼になって探していると、懐中電灯のライトでキラリと光った時計の縁。
「あ! あった!」
「ほんと!?」
腕時計をサッと水中から拾い、そのまま天に突き上げ振り返る。同時に体がグラリと傾く。突進の勢いで思いっきり抱き着かれた。
「修ちゃんありがとう!」
俺は慌てて右足を下げ、なんとかバランスを取り戻し尚弥の全体重を受け止めた。
「お、……おう、ちょっと辛い」
「あ、ごめん」
抱き着いたまま、俺を引き起こす。手を離した尚弥に、腕時計を返した。
「よかった。ほんとに」
ポツリと静かに言って、尚弥は大事そうに胸の前で腕時計を大事そうに両手でキュッと包む。
その仕草に胸が痛む。
「ごめんな」
「うん」
「あ、それ貸して? ちゃんと修理に出して直すよ」
手を差し出すと、尚弥は俺を見て言った。
「じゃぁ、明日一緒に行こ」
「え?」
「帰ろ? びちゃびちゃだし」
立ち尽くし、差し出したままの俺の手に手のひらを重ね握る尚弥。
「修ちゃんの着替え、そのままだよ。まだ着れるよね」
重ねられた丸い指先の手を握り返し、左手で尚弥を力いっぱい引き寄せ抱きしめた。
俺は早とちりばかりだ。勝手に無理だと思い込んで、勝手に決めつけ、勝手に気を回して……本当に、本当に尚弥のこと何ひとつもわかっちゃいなかった。
ごめん。ごめんな。……そして、ありがとう。
「ただいま、尚」
完
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