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次の日、密かに彼を待ちながらコーヒーを注ぐ私の目に映ったのは、彼がカフェのすぐ前の横断歩道辺りで、立ち止まっている姿だった。
そこには、大量の花束の山。
何ヵ月か前、そこで事故が起きたためだ。
私も、今もそこを通る度、胸が締め付けられる。
彼は、歩み始めると、今日も夕方のカフェで、小説のエンディングを書き始めた。
彼へのコーヒーを注ぎ、テーブルに運ぶ。
「あの事故…今も、私も胸が痛みます。」
「…そうだね。」
今日の彼のテンションは、やけに低かった。
そして、終わりの時間はあっけなく、やって来る。
「お客様。今日は、お願いがあるんですが。」
アルバイトの女性は、何のためらいもなく、彼に小説を置くことをやめてほしい、と伝えると、深々と頭をさげた。
「1ヶ月後には、やめますから。それまでというのでも、駄目でしょうか。」
「1ヶ月後…は、クリスマスですよね。ちょうど毎年、混むんですよ。」
「…そうですか。…少し、考えさせてください。」
彼は、表情を暗くして、いつものように片付けを始めた。
私は駆け寄ると、訊ねてみた。
「あの。なんで、本を閉じては駄目なんですか?こちらで保管しておきますよ。開きっぱなしだと、汚れてはいけないので…。」
「どうしても、閉じてはならないんだ。その理由は、まだ、…伝えられない。」
彼の後ろ姿は、いつもより小さく感じた。
彼が飲み干して空になり、温かさをなくしたコーヒーカップは、ポツンと本と一緒に寂しそうに置かれていた。
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