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「やっぱり、何か理由があったんでしょうか。」
アルバイトの女性が、心配そうに呟く。
「コンテストももう少しで締め切りますよね。大丈夫でしょうか…。」
「…きっと、彼は、もう来ません。」
「え?」
私は、棚の奥にしまっていた本を取り出すと、胸の前で抱き締めた。
「彼は最後の日、コーヒーを二杯頼んだんです。いつも、意地でも一杯しか飲まなかった彼が…。きっと、最後だという前兆だったんですよ。」
思い出せば思い出すほど、辛い。
綺麗な横顔に、滑るような手つきに、夕焼けに照らされる姿に。
いつも開きっぱなしだった一冊の本。
もう、あの光景を見ることは、ない。
「そろそろ、読ませてもらっても、いいでしょうか…。」
彼に訊ねるように呟くと、ページをめくった。
吸い込まれるように、綺麗な字が、目に飛び込む。
「……!」
読み進んでいくうちに、何故か涙が溢れるようになっていた。
「っ?!大丈夫ですか?」
女性の声に、コクコク頷く事しかできない。
しばらくして、女性も彼の小説を読むと、目を伏せながら、切なそうに言った。
「これは、…あなたの物語ですね。」
そう。
彼が綴っていたのは、私のカフェ生活の、物語だった。
入りたて、よく失敗をおかしていた自分。
彼と…喋り始めるようになった自分。
最後のページには、原稿用紙と、応募用紙…。
と、私宛てに手紙が入っていた。
震える手でそれを開いて読み始めた私の目が、どんどん見開かれていく。
それは、残酷で、とても現実味のない、彼の真実だった。
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