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『棚橋さんへ
これからこの手紙に記した事は、信じられな いかもしれません。だけど、僕にとっては、 正真正銘、本当の事なのです。』
それから彼は、あの几帳面な字で、全てを吐き出してくれた。
実は、彼は、数ヶ月前にカフェの前で起きた事故の被害者で、その時、もう他界していたこと。
生死をさまよっているとき、どうしても、書きかけの小説が、心残りだったこと。
そうしたら、いつも、夕方にだけカフェに来れるようになり、小説を綴れ、しかも私にもう一度再会できたこと。
ただし、本を閉じてしまったら、この世にはもう一生戻って来られないという事を、条件に。
『 できることならば、あの作品を完成させて、 棚橋さんに読んでほしかったのが、本心で す。でも、仕方ありませんよね。
僕は、事故にあった周辺のカフェでしか、小 説が書けませんでした。というより、もう一 度、棚橋さんに会いたかったのです。今ま で、散々迷惑をかけました。すみません。
では、お元気で。さようなら。
赤石文人より』
「…っ、ごめん、なさい…っ!」
私は、何も知らずに、本を閉じてしまった自分を追いつめた。
こんな真実も知らずに。彼の運命も知らずに。
…確かにあの日、彼は、事故現場を見て、切なそうな顔をしていた。
あまりにも、世界は冷たすぎる。
彼は…こんなにも、抱えながらも小説を書き続けて…。
私は、決めた。
私はもう一度彼の小説を開き、原稿用紙を整え始めた。
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