最初の犠牲者

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「うおーっ! 滅茶苦茶辛え! カレー辛え。真剣に口の中が火事ですよ。水だあ。早く水をくれ! 早くしないと真っ白に燃え尽きる! ところで、辛いっていう漢字は、何で幸せっていう漢字にそっくりなんだあ。不幸だあ。口の中が不幸だあ!」 居間の円卓を囲んで、メンバー六人で食べるカレーライスは格別だった。だがそれにしても、相変わらずイケメン四季村四郎がうるさい。 「四季村四郎うるさい。もう少し静かに食べてよね。そもそも、そんな大袈裟に言うほどカレーライス辛くないし」 四季村四郎の隣で激辛カレーライスを平然と食べながら、二条ニーナが冷めた視線を投げている。しかし今夜のカレーライスは、四季村の言う通りに激辛と言えば確かに激辛なのだが。 口の中を燃やしながら七転八倒するイケメンがあまりに気の毒だったのか、一瀬一子がコップに水を並々と注いで持って来た。 「はい、四季村くん。お水をどうぞ」 床に倒れて七転八倒していた四季村四郎が、急に落ち着いた。 「ふっ」 愁いを帯びた笑みを浮かべながら、四季村四郎が美しく立ち上がった。一瀬一子の差し出したコップをキザな仕草で受け取った四季村四郎は、美意識満点な眼差しを翳らせた。そして、何を思ったのか、手にしたそれをゆっくり傾け、中身の水をじょぼじょぼと全て床に捨て去ったのだった。 空になった硝子コップが、四季村四郎の右手の中でギラギラ光っていた。 「ふっ。お嬢さん、俺とした事が取り乱してしまってすみません。気持ちだけ貰っときます。俺ならもう大丈夫です」 目を伏せた四季村四郎が、ハードボイルドな笑みを浮かべている。 「あのさあ、四季村四郎。あんた、後で床を自分の手できちんと拭いといてよね」 硬直した二条ニーナの冷めた突っ込みが容赦ない。 四季村四郎は思ったのだった。 今の熱血ギャグは元ネタが古すぎたのだろうか。少なくとも俺のハートの中では昭和の熱血はまだまだ現役だ。平成生まれの皆さんには昭和の熱血が響かんのかい。って思ってる俺も、良く良く考えてみたら確かに平成生まれなんだけど……。 四季村四郎は自問しながら首を傾げ、雑巾を手にした。そして、濡れた床をそそくさと拭いたのだった。
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