あなたがいればそれだけで

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あなたがいればそれだけで

 秋風が心地よい十月。庭の木々は少しずつ紅葉し始めている。 「ミリア様。間もなくロック様が到着されます」  窓際のティーテーブルで読書をしていたお嬢様は、顔だけをこちらに向けて「今日はお休みするわ」と言った。 「わがままはいけません。ロック様はお忙しい方なのですよ。そのロック様がわざわざお嬢様のためにお時間を……」 「だから私なんかの為に時間を割かなくても良いと言っているのよ」 「ミリア様! ご自分を卑下されるのはお辞め下さい」  少しきつめの口調で諭すとお嬢様はぷうと頬を膨らませた。 「だって……」  そう呟いて口を噤む。お嬢様もこれが自分のわがままだと理解されているのだ。  ロック・ジェレ様。今年の春からお嬢様に英語を教えている家庭教師の青年だ。この地方特産の絹織物貿易で成功したやり手の実業家で、若い頃はフットボール選手だったらしく筋肉質のがっしりとした体つきをしていた。生まれでこそ爵位のない一般家庭ではあるものの、教養も商才も申し分ないロック様は、ご主人様、つまりミリア様のお父上に大層気に入られた。そしてオードラン家を頻繁に訪れている内に、是非お嬢様の家庭教師にという話になったのである。寧ろロック様がお嬢様を見初めたという噂もあるのだが。
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