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その日から彼の瞳を見るたびに、異様なほど息が詰まるのです。
その大きな瞳からは、濁ったどぶ川の中に一粒の砂金が入り混じっているような、はかなくとも美しい感覚をうけました。
その感動が抑えきれない私は自分の思想や哲学なんかを忘れて、ただ思うがまま彼に声をかけました。
彼と話しをすればするほど、面白いくらいに彼に惹かれて。
私が告白したら彼は二つ返事で答えてくれました
そのまま彼と同じ大学に入り、社会人四年目で結婚しました。
結婚生活というものは、楽しくつつましやかなものでしたが、時に悲しい、無慈悲なことが起きて、やるせなくなるものです。
私たちの赤ちゃんが、流産してしまいました。
私と夫はそのことを気に病み、夫は仕事を続けていますが、私は、余りのショックに家を出ることができなくなりました。
夫はとても優しい方なので、私の心の整理がつくまで休んでくださいと、謝るように気遣ってくれました。
謝るべきなのは私なのにです。
私が家に引きこもってから二か月ほどたった頃、夫に異変が起きました。
私にいつ仕事を復帰するのか、聞いてくるのです。
二か月前の夫はどこへ行ったのでしょう・・・・・
私は悲しくなりましたが、これも夫の優しさなのだと思うことにしました。
それからさらに一か月が過ぎました。
その頃には、私はもう立派な専業主婦になっていたのです。
「もう仕事に戻る気はないのかい?」
と彼は柔らかい口調で言いました。
私は、はにかんで、
「ごめんなさいね。」と言いました。
彼もまた笑いながら別の話題に切り替えてくれました。
やはり、デミちゃんはやさしさの権化のような男でした。
私の生活は実に豊かなものです。
昔から刺激的なことが不得意な私には、仕事なんて向いてなかったのです。
家にいるのは天国とまではいかないにしても、毎日がすこぶる楽しく優雅に楽ちんなのです。
朝、夫よりも早くに起きて朝食を作り、食器を洗い洗濯に掃除。
昼食を作り昼寝をして、読書や音楽にうつつをぬかしながら夫の帰りを待つ毎日。
「私は年がら年中枯れない桜のようでしょう。」
などと、冗談を言っても夫が笑ってくれる日々。
あの頃の私はおしとやかに浮かれていました。
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