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「ニーエ、最近よくその本を持っているわね」
「そう?」
アンナに問いかけられ、ニーエは深緑の本を抱え直した。
「それより見て、エルザが一番だよ」
そう言って、眼鏡の向こうの黒い瞳から逃げるように空を見上げる。
二人は昼休みに行われる箒のレースを観戦するため、校庭へとやってきていた。
ニーエの指差した先では、箒に乗った生徒達が熾烈な競争を繰り広げていた。日差しが強く、地上から見ると青空に影が踊っているようだ。その中、先頭の人影が纏う金の輝きが、友人であることを物語っていた。
時折行われるこのレースで、エルザは常に好成績を収めている。容姿の美しさと、誰とも分け隔てなく接する明るい性格も相まって、彼女のファンは多い。
友人の名を呼ぶいくつもの声。彼女がひらりと手を振り答えれば、そこかしこから声援や口笛が飛んだ。
選手達は校舎すれすれを通り抜け、空高く飛び上がり――
「危ないっ!」
誰かの悲鳴が響く中、エルザを追う選手の一人がバランスを崩した。箒を制御できなかったのか、ぐらりと体が傾いで地面へと落下する。
先頭を走るエルザがいち早く気付き、落下する選手に向かい高度をぐっと下げた。伸ばした手を掴むが、二人分の体重をひとつの箒で支えることはできない。
何とかしなければ――!
心ばかりが焦るニーエの隣で、凛とした声が響いた。
「生い茂る木々よ、柔らかな枝葉を伸ばし、命を抱き止める腕となれ」
気付けばアンナが杖を振るっていた。力ある声に応じて校庭の木々は枝葉を伸ばし、落ちた選手とエルザを抱き止める。
周囲で安堵の溜息と、ひときわ大きな歓声が上がった。
「アンナ、ありがとー!最高に格好いいね!」
生い茂る葉の中からエルザが顔を出し、手を振ってくる。アンナもそれに手を振り返した。
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