その1

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その1

「ついこないだまで、あんなに暑かったのになあ・・・」 職員室の窓から覗く、厚みのなくなった白い雲を見ながら 独り言を呟いた僕の声に被って、 「多田先生、田紋校長が校長室に来るようにって」 職員室のドアを開けるやいなや、明るい声でそう僕に告げたのは、 後輩教師、音楽担当の藤埼加奈だった。 「やれやれ」 「野球部の事ですよね、タ・ブ・ン」 少しおどけた口調で、加奈は言い足す。 加奈は同郷の中学の後輩だったこともあり、 他の後輩教師よりは、ため口により近い敬語で僕に話すのだ。 同郷だからそうなのか、元々そういう性格なのかはわからないけど、 僕とは真逆で、思った事ははっきり口にする竹を割った性格で、 こないだも、 「多田先生、合コンの時とかどうやって自己紹介するんです?」 と聞かれ、 「私立聖潤学園、数学教師兼野球部長、多田光男、 教師生活も六年目になります」 なんて言うと、 「合コンの自己紹介としては、全然イケてないですね」 とダメ出しを喰らったばかりだ。 加奈は教師二年めで同じ中学の後輩にあたるが、 四歳違いなので中学時代は当然面識はなく、 この高校で教師同士として知り合ったのだけれど、 そこは同郷のよしみもあるわけで、すぐ打ち解け、 そうでなくとも加奈の二重瞼の大きな目は、なかなか目力があり、 どことなく少し前に話題をさらった、かの、フクヤマを射止めた 父がプロ野球選手という女優に少し似たなかなかの美人なのである。 「そもそも多田先生、なんで元野球部でもないのに  野球部長なんてしてるんです?そうじゃなくても、  運動部の顧問って感じしないのに」 「相変わらず、思ったことをズケズケ言ってくれるよねえ藤埼先生は、  教師二年目の時の夏の予選前に、当時野球部長されていた宮地先生が  脳梗塞で突然倒れて、あの頃、他の男性教師で部活持ってないのが  俺だけで、それからずーっとなんよ、もう五年目だよ」 「宮地先生??私がこの高校来た時にはいらっしゃらなかったですよね」 「ああ、倒れてすぐ、亡くなられたんだ」 「そうだったんですね・・」 「あっ、早く行かないと、校長先生気が短いから」 「よく言うよ、藤埼先生があれこれ聞くからじゃん」 「ほら、早く早く」   加奈に急かされるまま廊下に出た僕は 校長室へと向かった
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