R.I.P.

1/1
前へ
/16ページ
次へ

R.I.P.

   結婚を機に、東京から北関東の奥地へと移り住んだ。電車やバスなどの公共の移動機関はほとんど機能しておらず、ほぼ自家用車で生活する日々。自宅近くの車の往来の激しい国道では、小動物の轢死体、特に猫のそれを目撃する事が度々あった。 「可哀そうに」  何気なくそう呟くと、ハンドルを握る旦那によく叱られた。 「そういう風に思っちゃダメ。奴ら憑いてきちゃうから」  そうは言っても可哀そうなものは可哀そうである。非常な事を言う男だな、と友人のR子さんに愚痴ったところ 「いや、旦那さんの言う事は正しいかも」  と、こんな話をしてくれた。  R子さんのお子さんがまだ赤ちゃんの頃、運転中にR子さんは路上の隅に、車にはねられたらしき猫の亡骸を見つけた。動物好きのR子さんは「ああ、可哀そうに」と声に出して小さな死を憐れんだ。瞬間、チャイルドシートですやすやと眠っていたお嬢さんが、突然火がついたように泣きだした。  その時にはさほど深く考えなかったのだが、数ヵ月後、再び同じ現象が起きた。ごきげんで車に乗っていたはずのお子さんが、急に大声で泣き出したのは、R子さんが車窓の向こうに、道に横たわる動かぬ猫を見つけ、(可哀そう)と感じたのと同時だった。 「そういえば、こんなこと前にもあったなって、その時からちょっと気に掛けるようになったのね」  決定的だったのは、お子さんが2歳を過ぎておしゃべりが出来るようになってからの事だった。 「気をつけようと思っていたのに、道端に放置された猫ちゃんの亡骸が目に入ったら、やっぱり反射的に『可哀そう』って思っちゃったのね。そしたら」  後部座席に座っていたお嬢さんが突然、 「ぽんぽん、いたいっ!ぽんぽん、いたぁぁいっ!!」  と、お腹を押さえて絶叫し始めたのだ。 「……はねられた猫の死体、お腹の部分がグチャグチャになっていたんだよね」  3回とも、お嬢さんは数分もすると、ケロリと何事もなかったように、大人しく車に乗車していたと言う。  それからというもの、R子さんは哀れな轢死体を目撃したとしても、心を無にして 「安らかに」 とだけ思うようにしているそうだ。  以来、お嬢さんがいきなり泣き出すようなことは起きていない。「安らかに」が効いているのか、不思議な力が落ち着くような年齢にお嬢さんが達したからなのか、よくは分からない。 【再掲】
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加