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その時、目の前に立ちふさがっている白鳩の後ろで、あのベランダの扉が音を立てて開いた。男がサナギを割って出るようにして黒いスーツに身を包んだ体をベランダへ出した。いつもはオールバックにして固めている前髪が、鼻まで垂れさがっている。顔は見て取れないが、政治家からのタレコミ通り胸に黄色い羽根のバッジをつけていた。目をこらすと、ベランダの柵に置いた右手には、傷口は塞がっているものの茶色く変色した大きな傷跡が見て取れた。取引相手とやりあったときにできた傷なのだという。
あいつに違いない。
私は反射的に銃口を向けた。白鳩はそれを見ても尚、首をかしげて私を見ている。本当に撃つの?撃てるの?と言わんばかりだ。
それが、私をさらに駆り立てた。迷えば迷うほど、決意が揺らぐ。ひと思いに、冷たくやたらに重い引き金を引いた。
空気が割れた音がした。冷たい空気はよく振動し、その張り裂ける音を濁った空一面に轟かした。ベランダの男までの軌道に、灰色の煙が揺蕩う。
男の身体は糸が切れたように突然意思を失い、重力に従って激しくたたきに打ちつけられた。
やってしまった。
私はすぐに身を屈める。肺の奥まで空気をしこたま飲みこんでしまい、文字通り肝を冷やしていた。息ができない。外界は静まり返る。そして、春先に土の中から恐る恐る虫たちが出てくるように、人々がちらほらと外に出てきては、声を上げ始めた。外界は意識を取り戻す。
「撃たれてるぞ……!」
「死んでいる」
「誰だ」
「どこからだ」
すぐに逃げよう。野次馬のふりをして外に出よう。私はトイレに駆け込んで、タンクを開けると銃を隠した。そして、他人の家の玄関を内側から開けて、外に出ようとした。
扉を開けると、あの政治家が立っていた。
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