1人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「フッフンフフンスンガー!」(言われなくてもわかってる!)と鼻語で叫びながら、僕は後部座席に滑り込んだ。
「話がちがうぞ!」
僕は後部座席に腹ばいになってバックパックの重みに耐えながら叫んだ。
ジープは走り出した。運転席のフムフンは涼しい顔をしている。
「まあ、無事でなによりだ。忘れ物はあとで宿に届けるよ」
「追いたてるのは、ただのポーズってことじゃなかったのか?」
「もちろん。あれはただの儀式の一環だ」
「本気で狙ってきてたぞ!」
「いくら村のしきたりとはいえ、よそ者に自分の妻や恋人を寝とられたら、そりゃ誰だって怒るよね」
「なっ……」
僕はフムフンの微妙な笑顔を見てすべてを理解した。
槍で追い立てるのは儀式に過ぎない。槍に刺さって死んでもただの事故だ。殺意があっても殺人にはならない。村のマドンナを奪った男に、村人の怒りがぶつけられた。それだけのことだ。
「……帰りが一日早かったのも、僕を先に逃がさないようにするためか」
「実はそうなんだ。昔からのならわしさ。これは他言不要だよ」
僕は「フカフカ」(やれやれ)と鼻語で言って、後部座席に深くもたれた。
ジープは、まとわりつく木々の枝葉をはじきながら、がたがた揺れる悪路を走った。村が遠ざかっていく。
最初のコメントを投稿しよう!