鼻で語るひとびと

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 滑稽と言えば、「鼻相撲」という競技がある。地面に描いた直径六〇センチ程度の円の中に向かい合って立ち、肺活量を誇示するように互いの顔にむかってフーガフーガと交互に鼻息を吹きあうのだ。より長く複雑なリズムを刻んだほうが勝ちで、相手の身体に触れたり鼻息に気圧されて円から出たりしたら減点だ。  取組中、鼻行司が二人に向かって「ふっふんふっふん」(のこったのこった)と鼻息を吹きかけるので、まるで三人で闘っているようにも見える。勝敗は行司が決めるのだが、素人の僕が見てもどちらが優勢なのかさっぱりわからなかった。  いっしょに観戦していたほかの旅人は、鼻力士が相手の鼻頭に鼻水をからませる大技を決めた瞬間大爆笑してしまい、槍で袋叩きにあっていた。鼻相撲は、彼らにとって、単なるスポーツでも余興でもなく、鼻力士同士の魂のぶつかりあいであり、神聖な儀式でもあるのだ。  また、われわれは相手を小馬鹿にするときは鼻で笑うが、彼らは口で笑う。大人が声を出して相手を笑うことは侮辱行為なのだ。  その旅人の惨事はあくまで例外であり、フンフ族はよそから来た者に対してはいたって友好的である。フンフ族の人口は三千人程度で、五十から百人程度の村がジャングルに点在しているのだが、血が濃くなるのを避けるために、よそから来た旅人を丁重にもてなす習慣がある。旅人の男は小枝を集めてこしらえられた客人用の小屋を与えられ、村娘とのアバンチュールを楽しめるというのである。     
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