鼻で語るひとびと

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 僕はフフンが川から上がって来るのを待ち伏せ、その手首をつかんだ。彼女は一瞬おびえた目をしたが、すぐに僕の心情を察し、覚悟を決めたような表情に変わった。おそらく、こういうことははじめてではなかったのだろう。  僕は彼女の手を引き、自分の小屋の前まで連れてくると、ありったけの鼻息で想いを伝えた。「もし君が望むなら」という言葉を前置きにして、外の世界に連れ出してあげると話した。フフンの瞳には一瞬好機の色が見えたが、すぐに自分の運命と覚悟を受け入れたかたくなな表情に戻った。村の女を連れ出すなんて掟破りどころの話ではない。村長も激怒するに決まっている。それでも僕は彼女の手を放さなかった。  フフンが哀しげな目で僕を見つめながらなにかを言おうと小鼻をふくらませたそのときだった。一本の槍が僕たちから十メートルほどはなれた地面に刺さった。飛んできた方向を見ると、槍を持ったふんどし姿の男たちが怒号の鼻息を吹き出しながらをこちらに向かって迫ってきていた。 「明日じゃなかったの?!」  僕は思わず口で叫んだ。フフンは驚いた様子もなく、ただ哀しい目をして、「フフィッ、フフーン!」(はやく逃げて!)と言った。  男衆たちの目は本気だった。旅人を追いたてる行為は、単なる儀式的なポーズだと聞かされていたが、濁流のように押し寄せる彼らの姿を見て、その認識はもろくも崩れ去った。     
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