第二の名前

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別に俺に人の心を読み取る才能が備わったわけではない。そういう意味ではなく、このオヤジは声を大にして、恥ずかしげもなく、言葉にしてさっきからそう叫んでいるのだ。  少女漫画読み過ぎ症候群。  俺は瞬時にそう理解した。くだらない日常に絶望した挙句、その代償を少女漫画に求め、ついには何に対してもきゅんきゅんする力を手に入れてしまった男。 そんなストーリーが一瞬で頭の中に出来上がった。そんな発想力があるなら、ここからの脱出方法を考えてくれ、俺の頭。 走馬灯のような発想が頭の中を駆け巡っている間も、相手はずっと「きゅんきゅん、きゅんきゅん」と叫んできている。 自分も四十の道は越えているが、あいつのように越えてはいけない線はまだ越えてはいない。 その少し芽生えた自尊心が、毛むくじゃらになってしまった劣等感をわずかに吹き飛ばしてくれた。が、自分が圧倒的に不利な状況には変わりない。地の利があるのは、どう考えても向こうの方だ。 サファリパークオヤジがじりじりとこちらに詰め寄ってくる。 じりじり、じりじり。 檻の向こうから聞こえてくる蝉の鳴き声が、頼んでもいないのにこの状況に効果音を付け足してくる。大きさ十センチにも満たない夏しか生きられない生き物が、こんなにも不愉快な存在だと思ったのはこの時が始めてだ。     
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