ハーシーという名のウイルス

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ハーシーという名のウイルス

アメリカとソビエトの冷戦状態がもっとも緊迫していた1952年。 ニューヨーク近郊ローレルホローという村にある医学研究所でハーシーとチェイスは生物学の研究を進めていた。 「ウイルスはいったいどのようなメカニズムで増殖するのか」 丸い眼鏡を掛け痩せ型で短髪のハーシーというこの男はこのところこの事ばかりを口にしていた。 「細菌だってあれほど小さいのにウイルスはもっと小さいのですから実験で確かめると言っても簡単ではありませんね」 大学を出たばかりの助手を務めるチェイスというこの女性は誠実なハーシーとの研究が楽しくてしかたがなかった。 「ウイルスは生きた細胞の中だけで増殖する」 「細菌に比べてウイルスはタンパク質と核酸しか持たないシンプル過ぎる構造ですしね」 「細菌は栄養を摂取して自分で増殖することができるが、ウイルスは他の細胞に寄生することによってのみ自分を増殖させることができる。もはや生物と呼ぶべきかも疑問だ」 チェイスはハーシーとのこうした時間がいつまでも続けば良いと心のどこかで願っているようだった。 「コーヒーブレイクにしませんか」 長椅子に腰を掛け論文とにらめっこをしているハーシーにチェイスは慣れた手つきでコーヒーの準備を始めた。 「ウイルスは生物じゃないということですか?我々の研究室は生物学がテーマなのに面白いですね」 チェイスは大きな白いカップにたっぷり注がれたコーヒーをハーシーの机に置いた。 ハーシーは「ありがとう」と小さく礼を言って白いカップを口に近づけた。
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