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 裏長屋の一室ではあるが、いい音を立てて戸障子が開いた。  なにしろ昨年十一月に、佐久間町の干しうどん屋から出た火事で、この辺り一帯は焼け野原になった。  漸く普請が成って、年末年始を仮住まいで過ごさねばならなかった人々が戻って来たばかりなのだ。  あっという間に焼け落ち、そして、あっという間に建つ安普請の裏長屋といえども、建て付けが良いのは当然だった。  死んだ者もいる。知る辺を頼り、余所へと流れた者もある。  そして、その代わりに新しくやって来た者も、大勢いる。  お上の御用を承る者としては、新しく越してきた者のことは、ようく知っておかねばならない。  万蔵は、内神田を縄張りとするお玉が池の善六という老練の目明かしの、一番下っ端の子分である。兄貴分達からは、のろまだの亀だのと小馬鹿にされてばかりの万蔵だったが、その縄張り内に住まいする者は、猫の子の果てまで頭に叩き込むよう心がけていた。
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