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(ふん、このでも(・・)医者め……)  万蔵は、胡乱な目で周庵が手にしている本を見た。  中身が読めるとは思わないが、ちゃんと手習いには通ったのだから、題字くらいは読める。  『傷寒論(しょうかんろん)』というのは、医者になろうという者にとって、一番初歩の本であるらしい。  ちょっと学のある侍崩れが、他に特技も無いから医者にでも(・・)なろうか……などと、『傷寒論』や『金匱要略(きんきようりゃく)』あたりを斜め読みして開業したような、いい加減な医者が江戸には大勢いた。  医師法など無い時代のことで、何の資格も免状もありはしないから、誰でもその気になれば、今日から医者を名乗ることは出来る。  しかし、もちろん、幕府の医学館や、名のある医師の元で学んだわけでも無い者が信用されるはずはなく、まともな者なら敬遠して掛かりはしない。畢竟(ひっきょう)、彼奴等が食いものにするのは貧乏人だ。  もうどうしようも無くなって、一縷の望みをかけて頼る貧乏人から大枚を巻き上げておいて、のうのうと「手遅れでございました」などとのたまうのだ!  そして、それを取り締まる御法は、無い。  けれど……
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