荒寥《こうりょう》の家

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荒寥《こうりょう》の家

 いつもの時間に仕事が終わり,いつもの電車に乗って,いつも通りのスーパーで値引きされた残り物のお惣菜を買って帰る。  真っ暗なマンションは静まり返り,帰宅しても出迎えてくれる者はおらず,音をたてないように気を付けながらゆっくりと鍵を回し静かにドアを開ける。  どれだけ注意しても,マンションのドアはガッチャンと音を立ててから,ゆっくりとキィィィィーーーーと耳障りな甲高い音を立てた。  電気を点けてから玄関に荷物を置き,腰を降ろして一日履いた年季の入った革靴を脱いだ。靴紐を解く瞬間,荒れた指先と汚れた爪が目に入った。しかし,そんなことはどうでもよかった。靴を揃えてからマンションの鍵を下駄箱の上にそっと置いた。この作業もいつもと同じだった。  誰もいない部屋は,一日中閉じ込められていた空気が充満しており,帰ったらまずその空気を外に逃がしてやらないと気持ちが悪かった。建てつけの悪くなった窓を少しだけ開けると,夜の匂いが部屋に入り込んでくるのが感じられた。  キッチンで手を洗い,うがいをしてから,派手な値引きシールの貼られたお惣菜をテーブルの上にそのまま並べ,観たくもないテレビをつけた。  薄暗い部屋の中でテレビから聴こえてくる笑い声は,僕のところまで届くことはなかった。賑やかな音が雑音のように聴こえてくるが,この耐え難い静寂(せいじゃく)を乱してくれるものであればなんでもよかった。  黙ってお惣菜に箸をつけ,静かにゆっくりと,なんの味付けかもわからない硬い肉を噛み締めた。
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