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六年前まで,この部屋には明るい笑い声があった。
仕事の帰り道,駅から歩いて四つの角を曲がると通りから部屋に電気が点いているのが見えた。どんなに忙しくても,どんなに疲れていても,角を曲がった瞬間に見える部屋の明かりが僕の気持ちを軽くし,自然と足取りが速くなる気がした。
優しくそっとドアを開けると,小さなお姫様が僕をめがけて勢いよく飛び込んでくる。僕はそのお姫様を抱き締めながら笑顔で頬にキスをするが,決まって『パパ臭い』と嫌がられる。いつものパターンだが,帰宅してすぐにこれがないと寂しくなる。
小さなお姫様は僕の腕の中で楽しそうに笑いながら,何度も臭いと言って僕の顔を両手で押さえて頑張っている。小さな手が僕の顔に触れるだけで,一日の疲れが吹っ飛んでしまう。
パジャマ姿のお姫様を降ろし,次はお妃様が僕を出迎えてくれる。『ただいま』と言うだけで優しく『おかえりなさい』と応えてくれる。この当たり前のやりとりが嬉しかった。
キッチンからは温かい料理の匂いがし,部屋のなかすべてが優しさと温かさで満たされていた。食事の前に疲れた身体をお風呂で癒し,お風呂からあがればまだ汗の引かない僕にお姫様がくっついてきて心を癒してくれる。すべてが僕を包み込み,疲れた心と身体を癒してくれた。
これ以上の幸せはないと思える毎日だった。
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