荒寥《こうりょう》の家

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 そして僕が妻の言動にもっとも強い違和感を覚えたのは,娘が体調不良で寝込んでいたときだった。  娘の容態が心配で何度か職場から妻に連絡をしたのだが,メッセージがなかなか既読にならないうえに休み時間に電話をしてもつながらなかった。  得体の知れない恐怖が僕を飲み込み,仕事を放り出してすぐにでも家に帰りたくてしょうがなかった。仕事をしながらいろいろな言い訳を考え,妻が家で寝込んでいる娘と一緒にいる姿を想像した。  熱を出して不安になっている娘の横で,一緒に寝ているのかもしれない。掃除機をかけていて,電話の音に気が付かなかったのかもしれない。もしかしたら娘を病院に連れて行っていて,電話に応えられなかったのかもしれない,とありとあらゆる言い訳を考えた。  仕事が終わり残業をせずに急いで帰宅すると,いつも通りの暖かい家で妻が出迎えてくれた。  昼間,電話に出なかったことを問いただしたが,妻は笑いながら『家事が忙しかったし,ずっと家にいた』と答えた。これ以上聞いてもしょうがないといった空気を感じ,僕はそれ以上なにも言わなかったが,どうしようもない腑に落ちない違和感だけが残った。
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