過去[兄の追憶]

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   ***  兄貴が家を出た時に降り始めた雨は、兄貴がちょうど県境の峠に差し掛かった頃、みぞれ混じりの雪に変わってしまった。  兄貴が残したバイクのタイヤ跡は、あっという間に水に溶けて混じって消えていき、その消えたタイヤの跡と一緒に兄貴自身も俺達の前から消えてしまった。  峠で起こった事故の連絡が家に届いたのは翌日の朝のことだった。早朝配達をしていたトラックの運転手が見つけてくれたらしい。  いつもはもっと慎重なはずなのに、よほど急いでいたんだろう。ただでさえみぞれのせいでぬかるんだ地面。タイヤを取られてうまくコーナーを曲がりきれず、兄貴のバイクはスリップして転倒し、そのまま谷底へ落ちていった。  哀しみより先に信じられないという思いのほうが強かった。  だからと言っていいのかわからないが、それからの数日間は、なんだか夢の中の出来事のようで、俺の中でまったく現実感というものが欠けていた。  兄貴が出かけた夜はみぞれだった天気は、兄貴の死とともに土砂降りの雨に変わり、それは通夜の夜まで降り続いた。  みんなの涙の所為で、いつまでたっても雨が止まないんだろう。  急いで駆け付けてきてくれた叔父は、やつれた顔をして、そんなことを言っていた。  そして、俺がミズキを見たのは、その降り続く雨の中だった。
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