偶然か運命か

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偶然か運命か

 皮肉なものだ。  兄貴が決して俺に見せようとしなかった宝物は、兄貴がいなくなったとたん自ら俺の目の前にやって来た。  そして、二年の時を経て再び俺の前にいる。  これは偶然なのか、運命なのか。どちらだとしても皮肉すぎるとしか言いようのない出来事だと思えた。  あの後、瑞希はすぐに目を覚ますとひとしきり俺達に謝って、倒れたのはただの寝不足による貧血なのだと主張した。 「本当にもう大丈夫なの?」  心配げにそう聞いてくる秋良女史に対しても、あいつは申し訳なさそうに頭を下げながらなんでもないと言い張り、俺のことも兄貴のことも話題にあげようとしなかった。  目が合ったあの瞬間、あいつは俺の中に兄貴の幻を見たんだろうか。それとも自分をひどく傷つけた、最低の男の悪夢を見たんだろうか。  あいつは何も語ろうとしなかったので、俺にはもう知る術はなかった。  ただ、あいつはもう来ないと思っていた。たとえどれだけ責任感が強くても、どれだけ真面目でも、それでもさすがに自分を犯した男がいる劇団へなど、来るわけがないと思っていた。  だからきっとなにか適当な理由をつけて断ってくるはずだ。そんなふうに思っていた。  いや、そうであってほしいと願っていた。  それなのに。
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