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生まれ育った環境もあるのだろうが、銀は本当に不思議な人だった。
誰からも好かれる天性の素質を持った人がいるのだとしたら、銀はたぶんそういう種類の人だったのだと思う。
銀は決して八方美人ではなかった。
しかし、私は彼とまだそんなに親しくなかった頃から今まで、彼の悪口を言う人を見たことがない。
もしかしてこの人は「偉大な人」なのではないかと思ったのは出会ってすぐだった。
「偉大な人」と言っても、別に何かを成し遂げたとかそんな意味ではなくて、『不思議な力を持っている』と思わせるような存在だったのだ。
これは、惚れた弱みで言っているわけでも何でもなくて、見ていると本当に「偉大な人」だと思ってしまうのだ。
例えば。
彼は人から相談を受けることが非常に多かった。
私や友人はもちろん、私の姉、大学の教授、電車で隣合った人、果ては新聞の勧誘に来た人など、老若男女問わず、とにかく色々な人から相談を受けていた。
まるで、銀の目に吸い込まれるように相談を持ちかけてしまうのだ。
私が銀の偉大さを感じるのはそんな時だ。
銀はただ普通にフンフンと話を聞いているだけで、アドバイスも何もしない。
しかし相手は相談しているうちに自分で答えを見つけて帰っていってしまう。
どんなに思い悩んでいた人も、スッキリとした顔で帰っていく。
彼の強く、深い眼を見つめていると、物事がハッキリと見えてくるのだ。
だから、銀の周りにはいつも多くの人が集まっていた。
まるで新興宗教の教祖だ。
そして、そんな「偉大な人」が、あのなんとも言えなく汚い家から、詐欺のようにこざっぱりとした格好で大学に来ている事実も私は知っていた。
銀は変人で、詐欺師で、新興宗教の教祖だったが、私は彼のことを愛していた。
そう。
今なら私はハッキリと言える。
私は本当に銀のことを愛していた。
たぶん、誰よりも深く。
神様がいるのなら願わずにいられない。
他の何を犠牲にしてもいいから、彼を返して。
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