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気が付くと、目の前の映画館に姉が一人で入っていくところだった。
結局、一人で行くことにしたらしい。
悪かったな、と少しだけ思った。
北風に吹かれて冷え切ってしまった手をコートのポケットに入れて、中に何かが入っていることに気がついた。
出してみると、何かのチケットだった。
映画の半券だ。
そう思った瞬間、私はまた思い出の中に飲み込まれた。
銀と、最後に映画を見に行った日のこと。
あの台風の夜以来、私たちは落ち着いた関係を保っていた。
それは静かだけれど、以前のようにピリピリした重苦しい雰囲気ではなくて、もっと穏やかな優しいものだった。
その日は、やはり恋人と喧嘩をした姉にチケットを貰って、映画を見に行った。
内容はコテコテのラブストーリーで、周りはカップルばっかりだった。
観客を眠らせるのが目的なんじゃないかと思ってしまうような退屈な内容の映画を観ながら、半分眠りかけた頭で、私は子供の頃を思い出していた。
プールのあとの、あの気怠い感じ。
教師の声がいい子守唄になって、セミの声を聞きながら今みたいによくウトウトしていた。
もう二度と、戻らない時間。
その時、私の頭の中で、不意にあることが分かった。
まるで文字通り眠りから覚めたあとの様に爽やかだった。
私はやっぱり半分眠りかけていた銀の袖を引っ張った。
「ねぇ。私、気付いちゃったの。
どうして銀といるとあんなに不安だったのか」
私は周りの観客に聞こえないようにひそひそと言った。
「あのね。銀があまりにも不思議な、まっすぐな人だから、不安だったの。
私にとって銀は、子供のころに見た綺麗な夕焼けとか、そういうものなの。
だから、いつか消えてしまうんじゃないかって、終わってしまうんじゃないかって、不安だったの。
一緒にいる時間が長い程、楽しい程、私から遠ざかってしまうんじゃないかって不安でたまらなかったの。そのことに、今やっと気づいた」
気付いて見ると単純なことだった。
私にとっての銀はまさに憧憬そのものだったのだ。
本当に、本当に大切な人だった。
「俺は、どこにも行かないよ」
銀は暗がりの中で私の手を握って優しく微笑んだ。
どこにも行かないって、そう言ったのに。
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