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私を家まで送ってくれる途中で、銀は私の顔をのぞきこんだ。 「葉月は今日、情緒不安定みたいだから、オジサンが元気づけてあげよう」 「なに?」 ふざけて言う銀に私は尋ねた。 「前からこのブーツ欲しがってただろ? 葉月にやるから、明日にでも取りに来いよ」 私はビックリして銀の顔を見上げた。 「いいの?お気に入りだったのに」 「そろそろ飽きたんだよ」 銀は何でもなさそうに言った。 だけど私は、相変わらず銀がそれを気に入っていることを知っていた。 だけど今は銀の優しさをありがたく受け取ることにした。 「ありがと、銀」 私は数歩走って、銀を振り返った。 「銀、大好き!」 大きくピースサインをした私に、銀は安心したように笑って言い返した。 「現金なやつ」 家の近くの公園に差し掛かったとき、私は言った。 「ここでいいよ。じゃあね」 「気をつけて帰れよ」 「銀もね」 私は軽く手を振って、もと来た道を戻っていく銀の後ろ姿を見つめていた。 その背中を、その腕を、銀のすべてを瞼に焼き付けるように。 それが、銀と話した最後だ。 銀はその夜、暴走トラックに跳ねられて、死んだ。 警察から知らせを受けて私が病院に辿りついた時には、彼は既に冷たくなっていた。 「嘘でしょう?銀、起きてよ。目を覚まして」 私は遺体にすがりついて号泣した。 生きている限り私を幸せにすると誓った彼は、その言葉から半年もたたないうちに私の前から姿を消してしまったのだ。 どこにも行かないって言ったのに。 ずっとそばにいるって約束してくれたのに。 すべてが、夢の中の出来事のようだった。 葬儀の日、私は棺桶に銀のブーツを入れた。 彼の、1番のお気に入りだったから。 大きな事故だったのに、ブーツだけは無傷だったことを思うと、また泣けた。 みんな泣いていた。 誰が来ていたのか覚えていない。 そう。 月が出ていた。 あの台風の夜と同じ、琥珀色の大きな満月。 私は月を見上げたまま、ただ、泣いていた。
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