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そして、1週間前、季節はずれの台風が来た。 私は窓際に布団を敷いて、空を見ながら寝ることにした。 そうしていると、銀と過ごした夏の台風を思い出した。 銀の温かな胸や、心臓の音。 今の私にはあまりにも遠すぎるものだった。 1年が過ぎてしまう。 銀の年齢を追い越してしまう。 銀が、一層遠ざかってしまう。 もう、あの夏には戻れないのだ。 たぶん、私は空を見ながら寝入ったのだと思う。 気が付くと、目の前に銀が立っていた。 ああ。夢だ。 当然のようにそう思った。 銀が会いに来てくれる夢を、それまでに何度見たことだろう。 生き返ったんだ。死んでなかったんだ。 うれしくて、手を伸ばした瞬間に銀の姿は消える。 あとに残るのは、どこまでも広がっている暗闇だけだ。 そこで、目が覚める。 ひと目でいい、銀に会いたい。 その想いが私にその夢を見させる。 でも、その晩はいつもと様子が違っていた。 銀は私に背を向けて、窓の外を見ていた。 雲が、すごいスピードで、流れている。 『銀』 呼びかけると、銀はゆっくりと振り向いた。 私はたまらなく哀しくなった。 『どうして一人で逝ってしまったの?あなたなしで、どうやって生きていけばいいの? ついて逝きたい。私も連れて行って。 お願い。私を一人にしないで』 銀は悲しそうに微かに笑った。 それから口を開いて何か言った。 『何?聞こえないよ。銀。なに?』 激しい雨と風が、銀の声をかき消していた。 私は必死で耳を澄ました。 銀の声がきければ、それだけで良かった。 『葉月………げる……いえ………』 「え………?」 自分の声が生々しく響いてギョッとして目が覚めた。 銀の姿はどこにもない。 窓の外を見た。 台風はいつの間にか収まっていた。 私は大きく深呼吸して、早朝の町へ出た。 そして、澄んだ空気を吸って思った。 1週間後の銀の命日、あの家へ行こう、と。
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