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今夜の月も、一年前のあの日と同じ、琥珀色をした満月だ。
一日中あの頃のように銀の家で過ごして、私は外へ出た。
銀の言いたかったことは、やはり家に行ってみて分かった。
銀の家の管理は実の所私に一任されていた。
銀には身寄りというものが一人もおらず、私の知らないところで、銀は、自分に万が一のことがあった場合、私に全権を譲るという手続きをしていたのだ。
銀の死後に弁護士からそのことを知らされた私は、銀の生きていた頃そのままに家を管理することに決めた。
だから、銀の家はあの頃のままに今でもグシャグシャだ。
そんな事をしたら銀が成仏できないと、反対する人も沢山いたが、私はすべて無視した。
私が辛くて動けない頃は、姉が管理してくれていた。
姉以外は、誰も銀の家に入れなかった。
こごえた体を温めるように紅茶を飲みながら銀の部屋へ行って、見つけた。
銀の渡したかったもの。
琥珀色のブーツ。
信じられなかった。
あのブーツは、私が間違いなく銀の棺に入れたはずだから。
けれど、色の褪せ具合も、シワの具合も、銀のブーツに間違いなかった。
最期の約束を、銀は果たしてくれたのだ。
今なら私は、全てがわかる。
彼に頬を掴まれたとき、どうしてあんなに胸が痛かったのか。
最期の日、どうしてあんなに銀に寄り添っていたかったのか。
すべてが、神様のくれた大切な時間だった。
夕焼けの中に二人でいたあの瞬間、あれが私達の生活のすべてだったのだ。
こんな恋は、きっともう一生出来ないだろう。
空を見上げると、どこまでも月がついてきていた。
あの日、彼のブーツと彼の誓いを閉じ込めてしまった月が、ついてきていた。
けれど、私はもう大丈夫だ。
思い出の溶け込んだ銀のブーツを取り戻したから。
明日から、また何とかやっていける。
泣きながら目覚めることもあるだろうけれど、銀の存在をすぐそばに感じられる。
銀は、ここにいる。
私はもう一度、銀の家を振り返った。
満月の明かりに照らされて、その家はぼんやり輝いていた。
私は月明かりの中を大股に歩き出した。
もう大丈夫、と。
そのときは、本当にそう思っていたんだ。
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