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しかし、現実はそんなに甘くなかった。 ブーツを手に入れて以来、私は思い出に浸るように毎日銀の家を訪れるようになった。 そして一人で、なくなった紅茶の茶葉を買いたしたり、雑誌やテレビを見ながら紅茶を飲む。 そんな生活をしていた。 まるで、銀と二人でいるかのように。 私は、ちっとも銀の死を受け入れていなかった。 今でも時々、テレビを見ながら、 「銀。これどういう意味かな」 と口を滑らせてしまう。 そして寂しくなって、笑う。 「銀は琥珀のお月様に閉じ込められちゃったんだっけ」 私が寂しそうにしていると抱きしめてくれた人は、もうこの世にはいないのだ。 銀の温もりが、どうしようもなく恋しかった。 そんなある日、奇跡は唐突に起きた。 私がいつものようにテレビを見ながら、 「私、このタレント嫌い」 と独り言のように口を滑らせた時、耳元で 「やっぱり?俺も嫌い」 と、銀の声が聞こえたのだ。 私は隣を見て、愕然とした。 銀が、私の横でテレビを見ていた。 「銀……姿、見えてるよ。今、声も聞こえた。こんな事って……」 私は言葉を失った。 涙があふれ出した。 銀も驚いた顔で私を見ると、 「本当に見えてる?足、ついてるか?」 と、恐る恐る言った。 「ついてる、足ついてるよ、銀」 信じられなかった。 神様が私を憐れんで、銀を生き返らせてくれたのだと思った。 でも銀は、窓から夜空を見上げると、泣き咽ぶ私に、寂しそうに笑ってみせた。 「葉月。こんなこと言うとまた泣いちゃうかもしれないけど、葉月に俺の姿が見えるのは、きっと、今夜が満月だからだ。 色々な偶然が重なって、姿が見えるんだと思う。 次の満月の夜にも会えるかもしれないし、今夜だけかもしれない。 今、この瞬間に俺の姿が見えなくなるかもしれない。 だから、今のうちに言っておくから、忘れるなよ。 たとえ、姿が見えなくても、俺はいつも葉月のそばにいる。葉月の幸せを、一番に願ってる。ずっと、変わらない。 だから、早く新しい一歩を踏み出せ。新しい恋をして幸せになれ。 俺は、いつだって見守っているから」 「そんなの嫌!銀なしで、どこに幸せがあるというの?あなたなしで幸せになんてなれない」 言っているそばから、また銀の姿は消えかかっていた。 もうほとんど、見えなかった。 「葉月、幸せになれよ」 耳元で銀の声が聞こえたが、それきりだった。
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