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何をとぼけたことを、と思って悟を見ると、彼はこの上なく真剣な表情をしていた。
「実は僕、昔、手違いで人を殺してしまったことがあったんだ。
ずっと悩んで、苦しんで、夜も眠れない時期に行き着いたところがイタコだったんだ。
ソイツと話ができて、本当に良かったと思ってる。
あれは偽物じゃない。
僕とソイツしか知らないことを言い当てたから。
あの時、イタコの人に頼まなかったら、きっと今でも後悔していたと思う。
今の葉月は痛々しくて見ていられない。
君は、本当は芯の強い人だ。
銀からいつも聞かされていたからよく知ってる。
今は、まだ疲れて動けないだけだ。
でも何かきっかけがあれば、きっとまた強い葉月に戻れると思う。
僕を信じて、イタコの人に会う気はないか?」
私は即決した。
言葉だけでも銀と接する事ができるのなら、それだけでもいいと思った。
「うん。ありがとう、お願いするわ」
私が答えると、悟はスマホを開いてイタコの人に連絡を取り、宿の手配もしてくれた。
それは、面倒なことが嫌いでいきあたりばったりの私や銀にはない行動力で、私は内心とてもビックリしてしまった。
「あ、向こうで一泊することになるけど、宿はちゃんと別々の部屋だから心配しないで。
それから道案内も大丈夫。前に行った時の道、ちゃんと覚えてるから。
じゃあ、今日は帰るけど……そうだなぁ、明日の朝7時に駅集合でいい?
じゃ、僕はこの後バイトがあるからこれで。
紅茶ごちそうさま」
それだけ言って、悟は嵐のように去っていった。
私は、彼のパワーを面倒だな、と思う反面、ワクワクしている自分に気づいた。
銀の死後、ワクワクすることなんて、一度もなかったのに。
自宅に戻って旅の準備をするのも実は楽しかった。
もしかすると、悟は単なる嘘つきや、イタコの人の回し者なのかもしれない。
今までにそういう人は何人かいた。
明日駅に行ってみたら悟はいなくて、私がバカを見るだけなのかもしれない。
それでも、あの笑顔に嘘はない、と信じた。
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