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「いってきまーす」
ひと声かけて私は家を出た。
強くはないけれど、身を切るような冷たい風が顔に当たる。
銀の死んだ日って、こんなに冷たい風だったっけ。
あの日も、このコートを着ていたから、たぶん寒かったのだろう。
サクサク、と乾いた音を立てる落ち葉を踏んでケヤキ並木を歩きながら、私は銀とのことを思い出していた。
今日だけじゃない。
銀が死んでから、彼を思い出さない日は1日だってなかった。
人間て、悲しい記憶より楽しい記憶を優先するんだな、たぶん。
ぼんやりとそう思う。
喧嘩だっていっぱいしたし、私がヤキモチを妬いたことだって何度もあるのに、思い出す記憶は、銀と一緒にした楽しいことばかりだった。
初めて大学で出会った春、初めてのお泊り、一緒に旅行に行った時のこと、そして、初めて銀の家に遊びに行った秋。
たしかあの日は銀が大学に来てなくて、様子を見に行ったんだ。
でも実際は様子を見に行くなんて口実でしかなかった。
銀の家が凄いというのは仲間内では有名な話だった。
まだ付き合い始めたばかりで、私は噂の家がどんな所なのか見てみたかったのだ。
独り暮らしだということと、住所くらいは知っていたが、行ったことはまだ一度もなかった。
ちょうど朝から雨が降っていて、家の後ろにある木々がすごく怖かった。
金色の古ぼけたドアノブは壊れていて、呼び鈴を何度鳴らしても、銀はなかなか出てこなかった。
何度も何度も鳴らして、諦めて帰ろうかとしたときに、やっと中から声が聞こえた。
「誰?」
それは、新聞なら間に合ってますと言わんばかりの面倒そうな、銀の声だった。
「私、葉月です」
銀の声に少し自信をなくしながらもそう言うと、えっ、と少し驚いたような声がしてバタバタと足音が聞こえた。
「ちょっと待って。今開けるから」
重そうなドアを開けて、銀はヨレヨレのトレーナーに裸足のまま私の前に姿を見せた。
「驚いたな。ま、入れよ」
軽く言って、銀はスタスタと家の中に入っていってしまった。
「銀、鍵は?」
「あー、閉めといてー」
私は玄関の鍵をガチャリと閉めて、遠慮がちに家の奥へと入っていった。
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